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岡山地方裁判所 昭和41年(わ)575号 判決 1969年3月05日

被告人 青井資郎

大一三・九・一七生 砂利採取販売業

主文

被告人は無罪。

理由

一、本件公訴事実

被告人は、岡山県知事から事務委任を受けている岡山県倉敷土木事務所長から河川区域内の土地の掘さくおよび河川区域内の土地における土石等の採取の許可を受け機械設備を有して砂利等の採取販売を業とするものであるところ、右許可を受けて砂利等を採取するものは一ヶ月毎の採取実績によつて土石採取料を支払わねばならないことになつているが、右採取料金額は砂利採取業者が前月一ヶ月分の採取日報を土木事務所長宛に提出してなす砂利等採取実績報告によつて決定されることを奇貨とし、同報告書に記載する採取数量を偽り過少報告をなして実採取量との差に相当する土石採取料の支払いを免れることを企て、昭和四〇年五月五日頃、倉敷市昭和町四九三番地岡山県倉敷土木事務所において、同事務所管理課係員藤井一雄に対し、真実は昭和四〇年四月中に一、〇八六・一立方メートルの砂利等を採取しているのに拘らず七三三・〇立方メートル採取した旨の偽りの砂利採取実績報告書を作成提出し、同係員をしてその旨誤信させ、その頃、右報告数量にもとずいた土石採取料の調定ならびに納入通知書の発行をなさしめ、前記実採取量との差三五三・一立方メートルに対する土石採取料一三、〇五〇円の納入を免れ、もつて右土石採取料相当の財産上不法の利益を得たほか別紙犯罪一覧表(略)のとおり同年六月五日頃から昭和四一年四月五日頃までの間、前後一一回にわたりいずれも前記岡山県倉敷土木事務所において、前記藤井一雄に対し前同様採取実績数量を偽つて過少の砂利採取実績報告書を作成提出し、その旨同人を誤信させ、右報告数量にもとずいた土石採取料の調定ならびに納入通知書の発行をなさしめ、実採取量との差合計二〇、八三七・一立方メートルに対する土石採取料合計八四三、〇九一円の納入を免れ、もつて右土石採取料相当の財産上不法の利益を得たものである。

二、当裁判所の認定事実

(一)  (証拠略)を綜合すると、公訴事実記載の日時頃において、被告人が現実の土石の採取量より過少の採取量を記載した採取実績報告書を岡山県砂利採取販売協同組合高梁川支部(以下組合という)を経由して、同県倉敷土木事務所(以下県もしくは土木事務所)に提出したため、県はその報告書量を真実のものとして取扱い、その数量分の土石についてのみ土石採取料を調定して組合に対して、その納入を告知し、この分については組合から県に納入済であるが、実採取量と報告数量との差に相当する数量についてはいまだ県の土石採取料徴収のための調定、納入告知がなく、したがつて組合、被告人いずれも本来ならば調定、納入告知されて、支払うべき土石採取料、もしくはそれに相当する金銭を県に対して支払つていなかつたこと、および組合は県から納入告知されてくる土石採取料に相当する金銭を被告人から組合に納めさせ、組合がこれを他の組合員から集めた金銭と一括取まとめたうえ県に納入する慣例になつていたこと、ならびに被告人は起訴後公訴事実記載の免脱土石採取料に相当する金銭を県に支払い、県は被告人に宛てても又組合に宛てても領収証を出していることの各事実を認めることが出来る。

三、本件の特殊性

本件の右公訴事実からも明らかなとおり、被告人の欺罔的手段によつて県の土石採取料の徴収権が侵害された事案であり、被害者が県であること、土石採取料乃至徴収権という特殊な財産的価値に対する侵害であることの二点において、これまでの詐欺事犯とは非常に異なつている。

弁護人は一応公訴事実の外形的事実については、これを認めながらも、法律的な見地から、被告人の所為が詐欺罪に該ることを否定する。

そこで当裁判所は、弁論における検察官、弁護人の法律的な見解の相異を明らかにしたうえ、前記認定事実をもとに、これを判断する。

四、検察官、弁護人双方の法律的主張

(一)  弁護人は、本件は租税の逋脱事犯とその性質を同じくするものであり、土石採取料の免脱については、租税の場合と異なり、処罰の規定がないから、そもそも詐欺罪で処罰しえないものであると主張する。

これに対し検察官は、土石採取料の性質が租税と全く異なることを指摘し、河川敷地の土石は河川から分離されるとともに県の財産となり、これを県と私人との間で払下の契約の目的物として、私人がその所有権を取得することの対価が土石採取料であるから報償の観念を全く入れる余地のない租税とは性質を異にすると説明し、さらに租税も土石採取料も国家的法益であるとしても、詐欺罪の法益は個人的法益に属するものに限り、国家的、社会的法益を除く旨の規定はないから、各種税法における逋脱罪のごとき特別規定を欠く場合には、その一般法である刑法の規定である詐欺罪が適用されると主張する。

(二)  さらに、本件においては、被告人自らが土石採取料の支払を免れたことになつている点について、弁護人は、被告人に土石採取の許可を与えたとの証拠は全くなく、組合に許可が与えられているにすぎないから、許可を受けた組合は土石採取料支払義務者であるが、被告人が土石採取料の支払義務を負う筈はないと主張する。

これに対し検察官は、被告人が土木事務所から許可を与えられていないにしても、被告人が組合員として加入している岡山県砂利採取販売協同組合に許可が与えられ、その組合は被告人ら組合員の単なる事務代行機関たる実体しかそなえないから、組合に与えた許可は、組合員に与えた許可とみるべきであると主張する。

(三)  弁護人は、被告人が免脱したとする土石採取料について何等県において調定、納入告知なされておらず、したがつて免除、支払猶予などの県の処分行為はありえないと主張する。

これに対し検察官は、過少報告数量分についてのみ土石採取料の調定、納入告知したことは、残余の数量分について支払をしなくてもよいという意思表示を含んでいると解すべきであり、免除といえないまでも少くとも期限の猶予の事実行為とみられるから、処分行為があると解すべきであると主張する。

五、当裁判所の判断

(一)  当裁判所は、まず土石採取料の法的性質を明らかにしたうえ、被告人の過少数量の報告という欺罔的行為と土石採取料の関係を述べ、本件事案に詐欺罪が適用しうるか否かについて、法益の点からおよび行政犯の特質からならびに刑の均衡の点から、それぞれ検討することとする。

(二)  土石採取料の法的性質―沿革的考察と現行河川法三二条一項の解釈

(イ)  昭和三三年一二月三日法律一七三号によつて改正されるに至る前の河川法(以下旧河川法という)には河川の区域内に於て土石を採取する場合について明文の規定はなかつた。旧河川法一九条には「流水ノ方向、清潔、分量、幅員若ハ深浅又ハ敷地ノ現状等ニ影響ヲ及ホスノ虞アル工事、営業其ノ他ノ行為ハ命令ヲ以テ之ヲ禁止若ハ制限シ又ハ地方行政庁ノ許可ヲ受ケシムルコトヲ得」という規定が設けられていた関係で、実際採取する場合には許可を要することとなつていた。又河川の使用料、占有料については同法四二条一項に「流水ヲ停滞シ若ハ引用スル為ノ工作物ノ施設其ノ他ノ河川ノ使用若ハ占有ヲ許可スルトキハ其ノ管理者、使用者若ハ占有者ヨリ使用料若ハ占用料ヲ徴収スルコトヲ得」という規定があり、徴収の権限が存することが明らかであつたが、土石採取料については同条二項の「本条ノ使用料若ハ占用料其ノ他ノ河川ヨリ生スル収入ハ府県ニ帰ス」という規定により、使用料、占有料以外にも河川より生ずる収入があることが予定されてはいたもののその収入の根拠たる規定を河川法上欠いていた。

そのため府県の収入としていた土石採取料徴収の法的根拠を私法上の法律行為に求めざるをえず、結局河川の土石は旧河川法一九条の許可によつて河川から分離されるとともに、同法四二条二項の規定によつて府県の財産となりこれを府県が私人に払下げる契約をすることによつて生ずる債権であると解していた。

しかしながらこの解釈は、採取者がまず一旦府県との間で請負に類似する契約に基づいて土石を採取することによつて私権の目的となりえない(旧河川法三条)自然公物の一部を私権の目的となりうる財産にしたうえ、さらに売買もしくはこれに類する契約によつて採取者に所有権を移すという点において非常に技巧的、便宜的でありかつ当事者特に採取者の意思表示を法律上の根拠なく擬制することになり、理論的にも問題があり、立法論として使用料、占有料のほかに土石採取料も加えるべきであるという意見が強かつた。

もつとも当時から旧河川法一九条の許可は公物に対する制限解除と河川生産物の帰属との両者の性質を持つ行政行為と解する説もあつたが、明文上の根拠なく旧河川法五五条の強制徴収の方法を許容することになるので、立法論としては相当であるものとしながら、実務の支配的見解にまでいたらなかつた。

(ロ)  ところが社会、経済情勢の進展にともない河川の土石の需要が著しく増大し盗堀を取締るに適切な規定もなかつたところから旧河川法改正の気運高まり、ついに昭和三三年一二月三日法一七三号により一七条ノ二として「河川ノ区域内ニ於テ土石ヲ採取セムトスル者ハ地方行政庁ノ許可ヲ受クベシ」という規定を新設し、旧河川法四二条一項に「土石採取料」なる文言を加入し、土石採取自体を許可に係らしめると共に土石採取料も強制徴収出来ることとした。

ここにおいて後者の解釈に有力な法律上の根拠が与えられることになつた。

(ハ)  昭和三九年七月一〇日法律一六七号により旧河川法の全面改正が行われた。

この現行河川法二五条において、土石採取は河川管理者(都道府県知事)の許可を必要とし、同法三二条一項により都道府県知事は土石採取料を徴収することが出来るとともに、同条二項により土石採取料の額の基準及びその徴収に関して必要な事項を政令で定め、徴収した金銭は都道府県の収入となり、同法七四条により納付しない者には強制徴収することが出来ると定められるに至つた。

(ニ) 右規定から河川敷地の土石は河川管理者の管理行為の一つたる同法二五条の許可を受けることによつて公物に対する制限が解除せられ、許可に付せられた条件に反しないかぎり許可をうけた採取者の私権の目的となりうる状態となり許可をうけた採取者は、河川利用の範囲内に於て河川法の定める義務、例えば同法三二条一項の土石採取料の納付義務や同法七八条の報告の提出義務や立入検査の受忍義務など、を負うに至ると解すべきである。

そうすると土石採取料は都道府県知事が採取者に課す公法上の金銭納付義務であつて、私法上の契約から生ずる給付義務ではないというべきである。

このことは土石採取料が私法上の契約から生ずる債権とは異なる数々の性質例えば公法上の債権に特有の自力執行力を有することや適法性の推定をうけることなどの点から見ても、又、土石採取料納入後は理由の如何を問わず返還しない、土石採取料の給付義務不履行の場合にも私法上の解除、原状回復損害賠償によらないなどの私法上の契約であれば通常有する性質を有しないことから見ても首肯しうるものである。

すなわち土石採取料は講学上「下命」なる行政行為によつて生ずる公法上の債権であると解され、報償の観念を入れる点で租税とは異なるにしても、この意味においては租税と同一の性質を有するものというべきである。

(三)  被告人の欺罔的行為と土石採取料との関係

さらに仔細に考察すると公訴事実においては土石採取料そのものを免れたことになつているが、この点にも問題がある。

関税法一一〇条一項においては「左の各号の一に該当する者は五年以下の懲役若しくは五〇万円以下の罰金に処し又はこれを併科する。

一、偽りその他不正の行為により関税を免れ、又は関税の払もどしを受けたもの

二、関税を納付すべき貨物について偽りその他不正の行為により関税を納付しないで輸入したもの」と定められている。

右二号の「関税を納付すべき貨物」は国家の一般統治権に基づく抽象的な納付義務を負つている貨物という意味であつて、具体的に国において調定、納付告知された、納付額まで明らかな貨物である必要はないと解される。

土石採取料の意味も概念的には納付額まで調定、告知された具体的な義務と、採取実績に応じて本来的には納付すべきという意味においての抽象的義務としての土石採取料とを区別すべきである。

被告人は県から納入告知されてきた部分はいずれも納入しているのであつて、残余の部分についてはいまだ調定、納入告知はなされていない。

したがつて厳密に言えば、本件は、県の土石採取料徴収権を侵害した事案すなわち許可をうけた採取者に対する河川法上の命令服従関係に基づく抽象的な義務を一部免れた事案にすぎず、具体的な納入義務の発生前であるから、例えば納入告知された具体的な土石採取料を偽造の有価証券で支払つた事案などと同視することは出来ない。

(四)  詐欺罪の成否

(イ)  法益の点からの検討

詐欺罪の保護法益は財産もしくは財産上の利益であり、法益の主体により分類すると個人的法益の範疇に入ると解される。

ところが前述のとおり本件土石採取料乃至徴収権は公法上の債権乃至公法上の地位より生ずる権利であつて県の統治組織を前提として、そのためにこそ法による保護が与えられ、仮りに私人が有したとしても全く法による保護は与えられる余地はないから個人的法益の範疇に入らない純然たる国家的法益の範疇に入るべきものと考えざるをえない。

そうとすると被告人の所為は、詐欺罪において観念されている法益とは質的に異なる法益を侵害したにすぎず、本件に詐欺罪を適用することは法益の意義もしくは機能を無視することとなると言うべきである。

(ロ)  行政犯の特質からの検討

詐欺罪は所謂刑事犯であり、法規をまたずに行為それ自体倫理、道義に反すると、歴史的に、社会一般に意識せられているものである。この点行政犯は行為それ自体は倫理、道義に反するという性質はなく、法規によつてあらかじめ定められた命令禁止に違反するがために、行政目的の実現を阻害するという意味で倫理、道義に反するとされるものであると解される。

ところで前述のとおり河川法の定める土石採取料はいわゆる下命から生ずる公法上の債権であることからも、県の収入となるという点からも、河川管理費用の増大の填補という意味からもその取締の必要性が県の行政目的と密接不可分の関係にあることは明らかであること、さらに河川の土石の採取について古くは放任され、もしくは国又は地方公共団体から補助金すら出してこれを奨励していたこと、および近時に至り砂利等の需要が飛躍的に増大し土石採取料を科することが地方公共団体の財源として重要性を帯びるに至つたことならびに現在山地の砂利等について税の名目で土石採取料に相当するものを徴収する地方公共団体すら出現するに至つていることなどに照らし、土石採取料の免脱行為自体が、法規をまたずに倫理道義に反すると社会一般に意識せられているとは言えないこと、しかも本件とその行為態様を全く同じくしているものが行政法上独自の立場から、行政目的の遂行に適切なる範囲、種類の制裁を科せられていること(例えば地方自治法二二八条二項、港湾法四四条五項、所得税法二三八条一項、関税法一一〇条一項)を綜合すると土石採取料免脱行為は詐欺罪とは類型的に異なる違法行為というべきである。

このことは、租税の逋脱犯が詐欺罪に該らないとする判例の確立した傾向、私人の財産法の分野では自力救済が認められないのと異なり、強制徴収や立入調査など行政目的を遂行するために行政庁の一種の自力救済権が認められていること、および不動産の標準価格を不当に低く見積つて登記官吏に申告し登録税の免脱をえた事案に対して登記官吏の職権を重視し課税標準価格を調査する権限とその調査したところに従つて登録税を徴収しうるとして二項詐欺の成立を否定した判例、ならびに生活保護法八五条一項但書を設けた趣旨からも裏付けられる。

(ハ)  以上いずれの点からも、河川法三二条一項の権限を侵害したことに帰する本件に詐欺罪を適用することは否定さるべきである。

(五)  結論

以上のとおり本件各公訴事実については、爾余の争点につき判断するまでもなくいずれも詐欺罪を構成しないと解されるから、刑事訴訟法三三六条により被告人に無罪の言渡をする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 西尾政義 岡次郎 佐々木一彦)

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